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アイドル売りという侮蔑語

実は自分は周りの流れに乗っかって記事を書くことは余りやりたくないし得意ではないのだが、今回は自分の中の決まりを破ってこの記事を書こうと思っている。

 

 

81プロデュースという声優事務所の大手が先日、ファンの声優に対する行動についての危機感を示した。

 

【お願い】
いつも弊社所属俳優を応援いただきありがとうございます。
最近、一部のファンによる行き過ぎた行為が発生している為、皆様に改めてお願いがございます。
弊社所属俳優が出演するイベント等の公演やニコ生・ラジオ・テレビなどの番組収録時及びアフレコ収録時において、その会場やスタジオ、公共の場での「入り待ち」「出待ち」「追いかける行為」「付きまとい」「無断撮影」等の行為は、一切お止めいただきますよう、お願い致します。
一般の方や周囲へのご迷惑になるだけでなく、トラブルや大きな事故の元となる可能性もあり、お守りいただけない場合、公演や番組そのものが中止となる場合もございます。
そうなりますと、応援して下さるファンの皆様のみならず、関係各社への迷惑と損失を招く事がございますので、円滑な運営・収録が出来る様、ご理解・ご協力の程何卒宜しくお願い申し上げます。
今後も各メディアや公演を通じてファンの皆様に楽しんでいただけるよう、スタッフ・俳優一同、努力して参りますので、引き続きのご声援を宜しくお願い申し上げます。

 

株式会社81プロデュース     

 

これが事務所の公式ホームページに載っていた全文である。

(まとめ記事が主に引用しているJ-castニュースにはこの文章は紹介されていない)

 

81からの忠告(あるいは警告)に対して、まとめのコメント欄やTwitter上でも意見は真っ二つに別れていた印象をもった。

 

 ナオキ/黒タン/偽ウメス on Twitter: "声優がアイドル化する→アイドルで起きるような?事件が起きる→声優ファンへ注意… ならドル売りやめればええやん… 稼げないんだろうけど、露出の行い方、イベント、アイドル売りしているのは事務所なんだから注意だけではなく、努力してどうぞฅ'ω'ฅ"

 

シュウカン on Twitter: "以前から声優の過度なアイドル売りは良くないと思っていたがこういう騒動がある以上は事務所の自衛も必要ではないのか? お金儲けはしたい、だが自衛に余計な予算は割きたくない そんな甘い考えは世間では通用しません 声優のオタクの質の低さと声優業界のモラルの低下の相乗で起きた事例でしょうね"

 

あま太ろん on Twitter: "アイドル売りしてる方ぶっちゃけあまり好ましく思ってないからどうでもいいけど、追っかけは頭のおかしい奴らばっかだし犯罪者の被害にあったりしたら気の毒だよなぁってのは常々思う ああいう売り方されてる人は基本的に演技力ないから好かんけどな~~"

 

Haruto (TSUZ) on Twitter: "@81pro_official https://t.co/x9giFFTZS7 もちろんストーカーはダメだけど アイドル売りしてファンに金出させてることに後ろめたさってないのかね? 好意とか愛情につけ込んで利益を得るなんて人間のやる仕事の中でも最も醜い行為だと思って欲しい。"

 

波のまにまに☆ on Twitter: "声優をアイドル売りしたからって、ファンの付きまといが許されるわけじゃないよねえ。事務所側に彼らを守るスキルがないからって、そこに付け込んで声優に近づこうとするファンに問題がないとは思えないし。ましてやイベントでファンとの距離を近づけすぎた、声優自身が悪いなんて思えないし。"

 

そらはね on Twitter: "アイドル売りするならちゃんと自分達のタレント守ってあげなよって思う。何のためにギャラ取ってんのて話よね。"

 

だけどもこの議論の中でも比較的価値観が共有されていたのは

アイドル(偶像)的な営業展開は良いことでは無い。

という声優業界の営業方針や知名度普及のやり方に 対する疑問だった。

ここでいう「アイドル売り」には特に厳密な定義はなく、あえて無理矢理言えば本人名義での声優業以外の活動全般を指している場合が多い。

(場合によっては声優業に含まれるようなこともアイドル売りと見なされる場合がある)

 

そしてこのアイドル売りという実態が不明確な、もといファンの側からは容易に内情が見えにくい事が声優ファンやそうでない人たちが共通して、

声優をアイドル売りしている

      

本来の声優像とかけ離れている。

 

という認識をもつに至っている。

その認識はSNSや声優系のまとめブログで拡散され、声優に対する見方が統一性を持っていく、そしてその認識をまた声優に興味をもつ人に対して広めるというまさに負の連鎖である。

 

そしてこの話題を取り上げたまとめサイトはタイトルにアイドル声優「アイドル営業」というような見出しを付けて興味を引き付けようと躍起になっている。

だが、前述の81からの啓発文にそのようなことは一言も書いていない。

(もっと言えば、この記事を出すことになった経緯を話していないため、実害を受けたのが男性声優か女性声優かどうかも明言していない)

 

ではそもそもアイドル売りとはなんなのか?

これは細かな違いはあれど敢えて乱暴に言ってしまえば、売名行為を言い換えた言葉だ。

言い方が悪いが、無理矢理本人の名前や顔を覚えてもらうために行う。

イベントも歌も写真集も何もかもがだ。

そしてそのような売り方をしているのは何も声優だけではない。

アイドルは勿論、スポーツアスリートや歌手、政治家や学者、果ては無機物もアイドル売りといって差し支えないことを行っている。

この売名行為は業界側が"この職種に興味をもってもらいたい""知ってもらいたい"

と言うことを目的にしている。

勿論それは声優も変わりはない。

 

いわばこの厄介ファンの問題は、人間の良心の問題なのだ。

勿論強制的に厄介の問題を排除したように見せることは出来る。

(というか以前、81声優で構成されている人気ユニットのライブの際にいかつい警備員がいることをまとめサイトは面白おかしく伝えていた筈だがその事は彼等の記憶から消えているようだ)

 

だがそんなことをしたって得になることは何もない。

本当に何もないのだ。

それに個人的な考えに対する介入は民主主義国家の日本にすむ人間にとってはとても不快に感じるはずだ。

 

(日本をはじめとして、民主主義国家のほとんどの治安維持組織がこのような場合に対して、逮捕する権限を持っていない)

 

それでも今の声優に対する売り方に不満がある人もいるだろう。筆者もその考え方も十分理解できる。ではそんなときはどうするか?

 

今回の話題を取り上げた際に、声優のアイドル売りを非難するように誘導したサイト。

 

そのサイトは今までも特定の意見を煽ったりはしていないだろうか?

もし少しでも貴方がそう感じたのなら迷わずその情報源は絶つべきだ。

そして自らが能動的に公式ホームページの情報を取り入れることだ。

貴方の求めるものは貴方にしか揃えられないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上田、デビューするってよ⁉



声優の上田麗奈さんが12月21日にデビューアルバムを出すことが発表された。

そこで今回は上田麗奈さんのインタビューや視聴音源から感じた個人的な事を書きたいと思っている。

 

  • インタビュー【リスアニ!vol27】より

ここのインタビューでは個人的に驚かされることが多かった。まず、音楽誌のインタビューで

    "歌は好きじゃない"

 

と暴露してしまっているのが凄いと感じたのは大きい(歌が得意ではないということは今までにも明言していた)のだが、はっきりと、それもデビューについてのインタビューで語るのは今まで見たことがなかった。

 

──歌うことは、好きですか?

:歌うことは好きじゃないし、歌うこと自体も好きじゃないんです。・・・(略

 

──歌が嫌いというのは、技術的な苦手意識? それとも歌という表現で自分を出すのが苦手?

 

:どっちもです。単純に、好き嫌いとしてもあまり好きじゃないんです。

やはり、歌というのは難しいものなのだというあまりにも当たり前のことを上田さんはきちんと身をもって教えてくれた。しかもそれを律儀にもインタビューで言ってくれた。インタビュアーも内心ビックリしただろうというのは想像に難くない。

 

そして、このデビューアルバムのコンセプトが"今の上田麗奈"という自己紹介の意味も込めたアルバムであるということだ。ここ最近の声優のデビュー目的からは若干外れているのは間違いない。

 

しかも、個人的な思い込みで上田さんは言葉で気持ちを表すのが苦手なように見えていたのたが、今回のアルバムでは作詞も手掛けるということだ。

 

歌は「曲」と「歌詞」の2つがあってはじめて歌として意味をもつ。そのなかでも「歌詞」というのは表現者の意思や、想いを分かりやすくダイレクトに伝えてくれる。作詞をする声優自体はあまり珍しいものではない。

だが、自分自身を表すようなアルバムに対して自らが作詞をするということは、自分のコンプレックスなどを自ら他人に明かしていくということだ。これを22歳の人が行うというのだから全く世の中は分からない。羞恥心を隠さずにありのままを出そうとしてくれる人には尊敬の念しか感じ得ない。

 

それともう一つ、個人的に注目して貰いたいのは上田さんのインタビューに登場する

「・・・・・・」

の多さである。

その数なんと8回

リスアニに登場する他のゲストのインタビューの「・・・・・・」の平均が3回程度

なのでいかに多いかが分かるだろう。

通常、この"・・・・・・"は何通りか使い方はあるが、

前にある場合は「長い間の沈黙」

後にある場合は「言葉に詰まる」

ときの表現で表されるのだが、上田さんの場合は後ろにあることが多いことがわかる。

 

これを見ると、やはり一年もデビューを悩んだという上田さんの話にも納得が出来る。

本人の中でも「歌デビュー=アイドル」というイメージが漠然とあったのだろう。それでもあくまで自分の声優としてのスキルアップが一番だと割りきったという答えが、

一部の

「声優は演技のみに集中するべきだ」

と主張する人々に対しての上田さんなりの答えとして堂々と述べているのは、これからの声優の役割の一つの指針になるのではないかと個人的に注目している。

 

  • デビューアルバム「reflain」"海の駅"より

 この動画の時間は4分21秒である。白を基調としたPVとピアノの低音、上田さんの地声から少し高めのウィスパーボイスが綺麗なハーモニーを醸し出している。

 

この歌のコンセプトが"仕事を続けていきたい"という決意の歌なのだそうだ。

 

ところでこのPVを何回も見返しているうちに、自分のなかで見方の変化が起きるようになった。

最初にこのPVを見たときは只単純に、

『白い清浄の世界で歌っている上田麗奈

という見方をしていた。だがだんだん

『閉じられた世界で歌っている上田麗奈

という思いが沸き上がってきたのだ。

絵で説明するとこんな感じだろうか?

 
f:id:Naruchananime:20161125161029j:image

(左が今までの見方、右が新しい見方)

最大の特徴は、世界との間に"壁"があることである。また、続く線路も壁によって断絶されている。どうして個人的にこんな想いを抱いたのかと言えば、歌詞の影響が大きい。

 

そしてもう一つ、またPVでの白を基調とした世界、これも偽物ではないかとの疑惑を持っている。それについては主にPVの演出からである。PVの途中で黒い翼のようなものが映える演出があるのだが、その後に一瞬の間だけ、背景が灰色になる場面がある。それこそが上田さんの白い世界のさらに内側にある内面なのではないだろうか。ではこの白い世界はなんなのか?

答えは単純明快、

"周りの上田麗奈に対するイメージ"

に他ならない。詰まるところ、この歌は

"周りのイメージに閉じ込められた上田麗奈

断絶されている壁の中で必死に自分の存在を証明している"

という一つの見方が出来るのだ。

 

この歌がアルバムのリード曲だが、自分を知ってもらいたいという思いはひしひしと感じたし、声優という答えのない表現者としての本人なりの思いもしっかりと感じ取れる。

 

最後に、アルバムは2500円程だそうだが、アルバムを喩え買うことができなくてもインタビューからだけでも本人の役者としての思いは伝わるのではないだろうか?

(追記:前の記事で上田麗奈さんにはこのような役をしてもらいたいという個人的な願望を押し付けてしまったのは反省しています。自分は役者としての可能性を狭めるようなことをいってしまいました。本当にお恥ずかしい限りです)

(上田さんの歌がどの程度かの参考に)

 

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「ネット」は"いじめ"に育てられた

世の中には、人々の需要に対して文化や技術が発達してきた歴史がある。中にはGPSや缶詰、コンピューターのような戦争需要に答えて登場し、現在まで使われているものもある。

 

このように戦争などの消極的需要の必要に迫られて生まれたもののなかに自分は「ネット文化」を含めたいと思っている。どうして今回テーマに据えたのかと言えば自分のブログがアニメや声優関連を特に取り上げるため、必然的に見る機会も多く、ネット内でのネタもアニメや声優が中心になっているからだ。

 

それでは先ず、いじめとはどうして起こるのか?そこを考えてみると、その原因、それは相手に対する無関心があげられる。

いじめのプロセスとしては

 

「Aのことはよく知らないけど、自分より劣っている」ように見える。

       ↓

「劣っているAが対等に接してくるのが腹立たしい」

       ↓

「Aに自分の立場を分からせたい」

       ↓

      いじめ

 

勿論、無関心なだけではわざわざいじめをしようとは思わないだろう。いじめをする人は自分と相手を比べ、相対的に自分より劣っていると感じられた相手に"いじめ"を行う。

その劣っている要因はその個人ごとに違ってくる。

  • 外見
  • 学力
  • 運動神経
  • 相手の趣味 etc・・・・

まぁ挙げるときりがないので、ここで今語るのは無駄なことだ。

そしていじめの一番といってもいい特徴とは

 ""いじめたいからいじめる"と言うこと。

様々な理由を付けていじめるがそれはあくまで自分自身を納得させるため。それ以外の理由はない。基本的にいじめられる側の理屈などいじめる人間にとってはどうでもいいことなのだ。

 

これはネット文化を生み続けてきた2ch全体の傾向として見られる。

どうしてそんな風潮が出てきたのか?

それは以前は闇サイトとして扱われていた場所から2chに流れ込んだ為に闇サイトでの風潮が2chにも引き継がれたのだ。

数年前に問題視されていた学校の闇サイト。

それは今までのいじめとは違い、匿名で相手をなじる事が出来る事だった。

これは非常に重要だ。何故なら、いじめられる側の顔を直接見ることが無いために罪悪感を感じる必要がなくなった。非常にいじめには最適のコンテンツだったのだ。

そして匿名でのコメント機能は2ch、さらにはニコニコにも引き継がれていった。その過程で侮蔑の意味合いが強い造語が次々と産まれていった。

 

そして今、LINEやTwitterが学生の間に普及し、閉じたサークル内で特定の誰か、もしくは集団に対して、思う存分ヘイトを言い合う事が出来る時代になった。2chよりもかなりグループの大きさが小さく、気に入らない人間は簡単にシャットアウトすることが出来る。

 

2ch等では、あまりにも誹謗中傷が過ぎる度に匿名性を解除していき、モラルを保とうとする事が今まで行われている。だが、どんなに締め付けを厳しくしたところでそれはいじめの解決には繋がらない。

 

結局は、その機能を使う人間のモラルが最後に問われるのだ。だから誹謗中傷のコメントを書いたとき、一度そのコメントを自分で読み返してほしい。自分の悪意を止められるのは、自分だけなのだから。

「凪のあすから」の世界

凪のあすから」という作品があったことを覚えているだろうか?

2013年から2014年の半年にかけて放送されたアニメ作品である。製作はNBCユニバーサル、制作はPA.works。脚本は岡田磨里さん。

この作品は海の中で生活をする人間と陸で生活している人間の複雑な恋愛関係を描いていく。

簡単なアニメの概要はこのくらいにして、今回、(とは言うものの、放送された時期からだいぶ時間がたっているのだが)注目したいのはタイトルにもある通り、世界設定についてである。


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この絵は『ぬくみ雪』と呼ばれるものが降った後の潮鹿生(シオシシオ)である。

この『ぬくみ雪』、言うまでもなく海の中のある現象をモチーフにしている。それは
『マリンスノー』である。
どんなものかを説明すると、浅い海にいる微生物の死骸が雪のように深海へ降り注ぐのだ。死を象徴するような白い雪が降り注いでいるということはこの町は死んでいるということではないだろうか?

そしてもっと重要なのは、登場キャラ達が
いつ目覚めるか分からない冬眠=死
であることを自覚していたところである。

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そして海の上はこのように氷に覆われている。
これは二期が始まった時の状態である。この前の話でお船引(海神の生け贄を捧げる儀式)が行われた後、このように海の中も外も完全に外界から隔絶され、海の中は動くものが何一つないという状態に陥ってしまった。


この事から、アニメの二期は一つ町が完全に死んだ状態からスタートするのだ。

面白いのは何故一期後半から二期の終盤に至るまで、もう一つの舞台を封じたのか、ということだ。これは個人的な妄想に過ぎないが、作品のもう一つの大きなテーマとして、
海の人間と陸の人間の和解』
を描くために、一つの舞台にキャラクターを展開することによって物語の複雑性を紡ぎだそうという岡田さんや監督の考えではないだろうか?
どうしてそういう考えに至ったのか?
それはとある女の子の存在が大きくクローズアップされてくるからである。

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とっちでしょうか(*^^*)

続きはまたいつか( ≧∀≦)ノ

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資本主義と言う名の偶像(アイドル声優)

テレビでたまたま"資本主義"についての番組をやっていた。ナレーションはやくしまるえつこさん。多少興味をもって見続けていたら結局、最後まで見てしまった。為になることをたくさんいっていたのだがそれは説明しきれない。番組の要点だけをまとめると、


  • 物の価値は周りの人間によって決まっていく。


  • 『見えざる手』は存在しない。


  • 人はお金が絡むと、自分が好きなものよりも、他人が何を選ぶかを気にするようになる。

これは日本を含む資本主義国にとっては常識として持っている事ではないだろうかと思う。確かに学校の現代社会の授業では必ずと言っていいほど『見えざる手』についての学習があり、それが幻想だというのは意外と言えば意外だが、殆どの人はそれを実感として持った人がいるとは思えない。だからそれが幻想だと言われても驚きとしては余り大きくはなかった。それ意外の事も『常識』として刷り込まれていることばかりだ。

一見なんの関係もないように見える2つの話題。ではこの記事にどうして"声優"というカテゴリーを追加したのか。

それは最近ネット等でよく言われる『声優がアイドル化している』という意見が多くなってきたこと、そして『アイドル』という売り方は正に資本主義経済でこその産物だからだ。『アイドル』は"偶像"と訳される。それは消費者のイメージや価値観によって価値や姿を変えていく。それは周りの人間(視聴者)によって価値が決められているということだ。

だから資本主義の経済循環がどういうものかを知りたいならアイドルを見るのが一番だと思う。そして今一番アイドルとしての売り方に熱を入れているのが、

    声優業界である。


それは男女両方で進んでいる。この流れは止めることは出来ないだろう。何故なら求めている数(需要)が膨大だからだ。これがいい流れか悪い流れかを判断するのは個人個人の自由だ。しかし一つだけ確実に言えることは

声優は役者に留まることを最早許されていないということだ。


その目は何を見ているのか?

上田麗奈さんのグループを作った記念にこのブログを書いてみた。

[上田麗奈さんの「孤独」について - 無題のブログ

ここでは上田麗奈さんの「孤独」に注目している。


【ハーモニー】映画予告



   ◯何故「上田麗奈」なのか。

昨今、さまざまな声優さんが日々力を競いあっている。その中で生き残るのに必要だと言われているのが"声優自身の魅力"。魅力は人それぞれだが、女性声優の場合はファンとそれ以外の感じ方がかなりかけ離れている。

そのなかで個人的には彼女がどうなるのかが非常に興味がある。何故にそう思ったのか自問自答をしてみた。

そしてたどり着いた一つの考えは、彼女が知らない間に、常に演じ続けているからではないだろうか。こう思ったのは『ハーモニー』の御冷ミァハを見たときである。監督のなかむらたかしさんは上田さんをこう評している。

「ミァハは難しい。声の感じが浮かぶようで、浮かばない。上田さんは少しイッている感じ、壊れているところがあり、推薦した」

ここでは演技についていっているわけではないので恐らくはサンプルボイス等で決めたと思われる。もしそうだとするならば、上田さんは素の声で既に凡人には理解不能なところが感じられたと言うことではないだろうか? 

実際、映画を観てみると、本人は演技を殆どしていないように見える。恐らく演じたキャラの中で最も地声に近いかもしれない。しかしそれは演技をしていないという事ではない。別のインタビューでは、キャラクターが何を見ているのかを考えた上で、自らの声を大切にすることを心がけているように見えた。(映画についてはキャラよりもメインストーリーの展開に重点を置いており、特にキァンが好きな人はオススメ出来ない)

これはどの声優にも当てはまるような事ではない。今現在、若手女性声優を牽引している早見沙織さんや、東山奈央さんにもないれっきとした長所ではなかろうか。二人とも演技も上手く、声も魅力的な声優さんである。それでも自分が理解できないキャラクターを演じるときには『演技』をしなくてはいけない。それをやり過ぎると妙な違和感を感じさせてしまう。何故なら声優を含める演者全般は、周りに伝わるようにすると同時に、自分もそれを演じているという暗示をかけている。そして往々にして自分が満足するレベルまで突き詰めると、逆に周りにはくどく感じさせてしまう人がいるものだからだ。それを上田さんは殆ど独りよがりの演技をすることなくこなしたのである。

今現在、音声技術の発達により、声優の存在意義に疑問符が付き始めている。それを克服するには演技を磨くのが一番だが、それは人によって感じ方もかわる。だからこそ声質や演技だけではない別のなにかが必要なのかもと思うのだ。

彼女は恐らく物語のヒロインに抜擢されるチャンスは少ないかもしれない。しかし物語の鍵になる人物を演じる女性声優さんとして彼女はとても大きな役割を担っている。凡人や主人公がおじけずいてしまうくらいの底に秘めた凶器をもつボスとして活躍してほしいと思ってしまうのである。

ディストピアとはどのようなモノなのか?

"ディストピア"という言葉は二次創作においてとてもよく出てくる単語だと思う。

この言葉は俗に暗黒郷と訳されることが多い。自分も小説を書いてるからわかるのだがディストピアを舞台にすると話の展開が作りやすくなる。

ではディストピアとはどんなものなのだろうか?まずディストピアには2つの種類があると考えている。"見えているディストピア"と"見えないディストピア"だ。これを一つずつ説明したいと思う。


○見えているディストピアについて
このタイプは外部の人間にも分かりやすく、
視聴者や作中のキャラクターの殆どが自らの世界をディストピアだと認識している。アニメでは"ブラック・ブレッド"の世界観に当たる。

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この作品は特殊能力を持った女の子達がたくさん出てくる。その子達は一般市民から除け者にされ、公共サービスの対象にも外れている。警察などの治安組織にも睨まれている。市民は彼女達を不満の捌け口にすることによって自らの境遇から目をそらしている。その市民達も決して恵まれているわけではなく、ガストレアと呼ばれるモンスターに日々怯えながら不便な暮らしを強いられている。

この作品の世界で人々が抱いている心情を表すのは難しいが、敢えて纏めるとしたら「恐怖と怒り」だと思う。市民はガストレアやイニシエーター(ガストレア因子を持った女の子)に日々恐怖を抱きながら、彼女達を一人の人間として認めようとしている無能の政府に怒りを抱いている。現実では北朝鮮や前のソビエト連邦に当たる。これらの国々は外部の人間からも社会の仕組みが狂っているということが直ぐに分かる事も特徴である。このタイプはアニメ作品にも多く出てくる。社会への不満を分かりやすくする方が視聴者にカタルシスを与えやすくなるからである。



○見えないディストピアについて

このタイプのディストピアは外部の人間に
分かりにくく問題提議されにくい。アニメでは"魔法科高校の劣等生"の世界だと分かりやすいかもしれない

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この世界は魔法が技術として体系化された世界を描いている。要は魔法が現実の世界に応用されている世界ということである。主人公の住む日本は魔法技術立国として世界のトップクラスになっている。

....これだけ聞くととてもいい世界のように見えるかもしれない。それもこのディストピアの特徴である。設定を聞いただけではこの世界の歪みが分かりにくい。

作品中、この世界で魔法を使う人間の事を"魔法師"と呼ぶのだが、魔法師達の間では婚姻統制や選別が当たり前のように行われている。また日本の魔法教育機関の最高学府である魔法科高校の教師に当たる人材が不足しているために、平等な教育機会が与えられていない。また魔法技術の殆どを国の軍(この作品では魔法の殆どが軍事技術として開発されている)ではなくそれぞれの魔法家系が握っているために、軍事技術が共有化されず、汎用性を高めるための研究がおろそかにされている。

しかし何より問題なのは魔法を使う側の人間と使わない側の人間がお互いに争っていることである。作品中、魔法師は軍の要として華々しい活躍をするのだが、作品には魔法師が侮辱を受けるシーンも多々見られる。また魔法師側も普通の人々がどうして不満を持っているかを考えようとせず、デモ参加者に対する武力攻撃を行った。

このタイプのディストピアは「焦りと不安」が主に挙げられる。魔法師と一般市民の間には目に見えない確執が確かにある。イスラム教シーア派とスンニ派同士の争いとにているかもしれない。このディストピアには相手が何を考えているか分からないという不安感と自らの立場を守りたい、守らなければならないという焦りがある。

このタイプは前に比べて不満が表に出にくいために何も知らない人間にはディストピアかどうかの判断が付かない。しかしこのタイプは1度争いに火がついてしまうとどちらかが決定的なダメージを負うまで手がつけられなくなってしまう危険がある。


長くなってしまったが、もしディストピアにならないようにするにはお互いの立場を尊重し、理性を保つ事ではないだろうか?しかし今の人工知能ではそれを実現することは出来ない。結局、最も面倒な部分を解決するには人間としての善意や思いやりが必要なのかもしれない。